札幌大通地下ギャラリー 500m美術館

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第9回500m美術館賞 審査員講評

2022年2月14日

第9回500m美術館賞 審査員講評を掲載します。

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500m美術館賞グランプリ審査講評

三橋純予(北海道教育大学美術文化専攻教授)

 

今回は最終に残った4組の展示から1組に絞ることが大変に難しく、グランプリが2組という結果となった。審査過程では多くの議論が行われたが、改めて、500m美術館の特徴的な展示空間の魅力や可能性も感じられた。

 

kugenuma(港千尋+キオ・グリフィス)

今回のグランプリとなったkugenumaは、展示も大型写真コラージュによりスタイリッシュにまとめられており、QRコードを読み取り、スマホ等でダウンロードした音声を聴きつつ、歩きながら展示を見ていく体験的な作品である。

審査では、ジョン・ケイジへのオマージュやラジオ放送とのつながり等の新しい試みが注目されたが、その中でも、500m美術館の特性である「公共空間にある長い通路」と、制限である「音を出せない」という両方の特徴を効果的に取り入れた企画が、今回は高く評価された。地下通路の展示空間を超えて世界中に拡大される作品は、国際公募である500m美術館グランプリ賞に相応しく、この展示空間のさらなる可能性を示してくれた。

 

 

木村直

もう一組のグランプリとなった木村直の作品は、「差別」という社会的テーマに向き合い、ハンセン病療養施設の垣根に使用されていた「柊(ひいらぎ)」に着目したシリーズである。社会的テーマを深く掘り下げ、「柊(ひいらぎ)」に込めた意味を写真、フォトグラムの異なるアプローチから展開したシリーズであり、特に解説では、作家の明確なスタンスを感じさせ、500m美術館の「公共空間」「通路」という特性を活かした展示であった。

歩きながら見ることを意識した額装写真のシークエンスはリアルな日常の再現を狙い、反対に柊のフォトグラムでは幻想的なイメージをインスタレーション的に展示し、解説では具体的なデータを持って客観的に解説していた。

まだ若い作家であるが、テーマへの誠実な取材姿勢が伝わる完成度の高い展示作品であった。

 

 

白川深紅

500m美術館の展示空間で、シンプルに「とにかくこれを作りたい」という若い情熱がみなぎった作品であり、制作意欲が鑑賞者にまっすぐに伝わる作品である。コンセプトを漫画で表したことも効果的であったと思う。皮膚のような伸びる素材にテンションをかけて大きく配置した作品はインパクトが大きく、新しい水墨画の表現としても面白いと感じられた。

プレゼンテーション段階では、初めての試みであることから実現性に少し不安もあったが、最終的にきちんと完成されて美しい表現となった。今回の作品のように、創造的なエネルギーは制作には大切な要素であるので、今後の活動にも期待したい。

 

 

朴炫貞

北大の撤去された橋のアーカイブプロジェクトの一環とした展示プランであり、他のドキュメント記録や活動とつながる興味深い企画で、公共性や地域性からも500m美術館の特性に適していることから最終展示に残った企画である。展示企画プレゼンテーション時にはプロジェクトデータや記録写真を多く見せており、撤去の経緯が視覚的にも理解しやすかったが、最終展示ではそれらを整理したことで、多くの人が関わっているプロジェクトの印象が少し弱くなったと感じられる。500m美術館の展示をみた人が、このプロジェクトにつながる更なる工夫なども、展示期間中に行えってもいいだろう。

 

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500m美術館賞の審査を終えて

—ここだからこその表現とは何か—

 

吉崎元章(本郷新記念札幌彫刻美術館館長)

 

今回はグランプリが2組となった。それぞれの作品の方向性が異なるなかで、
年齢や経歴などではなく、あくまでも作品本位で審査し、議論を重ねた結果である。

この500m美術館は、札幌都心部の地下通路沿いに細長く続くガラス張りの特異な展示スペースであり、公共空間であるだけに何かと制約も多い。この賞も9回目を数えるが、毎回、それらをいかに必然的な要素として作品に活かしていくかがひとつの鍵になっているとも言える。他の審査員の講評とあまり重ならないように、この点を中心に大通駅側から順に各作品を見ていきたい。

 

グランプリのkugenuma(港千尋+キオ・グリフィス)による作品は、この場所では音を出すことができないというデメリットを、〈沈黙〉の場として肯定的にとらえ、スマホでのアクセスによる音源を個別に聞きながら鑑賞する方法を取り入れるという逆転の発想を高く評価した。また、通勤通学で毎日のように作品の前を通る人も多いが、提供される音源が定期的に更新されていくので、何度も楽しめるという点もおもしろい。

 

同じくグランプリの木村直の作品は、写真を横一列に整然と並べることで、被写体となったハンセン病療養施設のあった緑地の垣根やフェンスの連なりを強化し、作品の前を日常的に人々が行き交う500m美術館だからこそ、その隔たりをより強く感じさせるものになっている。また、与えられた2基のブースで展示内容を変えたことも効果的であった。かつて非合理に差別されていたことの痕跡を示し、いまもさまざまなところで無意識的な差別が蔓延していることを問う作品には、ギャラリーではなくこうした場の方がまさに相応しい。

 

白川深紅の作品は、巨大な布を天井からの吊るしと石の重みによって前後に波打つように張ることで、ボックス状の展示空間全体をフルに活用している。テンションがかかった布とそこに描かれたダイナミックな墨画、そして、石。物質性と身体性を充満させた力強さと、空間づくりの繊細さに魅力を感じた。展示場所の上の地上には雪が積もっていることを念頭に、まだ見ぬ北海道の雪を、友人に拾ってもらった小樽の海岸の石の記憶を頼りに表そうというコンセプトはおもしろいが、作品自体からそれがもっと伝わってきてほしかった。

 

朴炫貞の作品は、最近取り壊された北大の橋に関連するプレートやガードレール、写真、図面などが標本のように淡々と並べられている。確かにこのスペースは、美術館や博物館の壁面に据えられたガラス張りの展示ケースと同じようなつくりである。しかし、前面のガラスに貼られた、この橋にまつわるいくつもの思い出話によって、展示物に染み付いた記憶や物語を紡ぎ出し、命を与えている。リサーチベースの作品であるので、もっとさまざまなエピソード素材を集めていたにちがいない。それらをややスマートに整理し過ぎているようにも感じた。さらに深める余地を十分に残した取り組みであり、今後の展開が楽しみである。

 

500m美術館には、私も常設化検討の段階から長く関わってきたのだが、この500m美術館賞は、この場所の全国的な知名度アップと、我々が未知の作家による場の可能性を広げる斬新な表現を期待する重要な事業として位置づけてきたと記憶している。展示人数や一人あたりのスペース変更などいろいろと規定を変え、試行錯誤するなかで、次回でちょうど10回目を迎える。

今後どのように継続していくべきか、現状を見つめながら、この賞のさらなる特徴づけと意義を改めて考える時期に来ていると感じている。

 

 

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500m美術館審査を終えて

 

 

荒木夏実

 

 

kugenuma(港千尋+キオ・グリフィス)は今回一番キャリアのあるアーティストユニットとして高いクオリティを見せた。北海道の大地を写したモノクロ写真のインスタレーションに見る人を強く惹きつける力がある。QRコードを読み込むとLチャンネルから鵠沼海岸、Rチャンネルからロサンゼルスのターミナル・アイランドで採取された音が聞こえてくる仕掛けも面白い。ジョン・ケージと武満徹の特集もこの「ラジオ」で発信される。札幌に行かずとも音を通して作品を鑑賞することができる試みだ。

 

 

グランプリのダブル受賞となった木村直は、ハンセン病療養施設である国立療養所多磨全生園の柊木の垣根やフェンスを被写体とし、「隔離」の形を視覚化した。整然と並べたゼラチンシルバープリントのシリーズとともに展示した、現場の柊木そのものを写し取ったフォトグラムのインパクトは大きい。概念ではなく、そこにいる人々の存在および隔離の歴史と現在をはっきりと物語っている。読みやすく掲示された療養所に関する解説を含め、社会的問題提起の展示を公共空間で行った意味を評価したい。

 

 

朴炫貞の《アノハシ》は、老朽化により撤去された北大のキャンパスをつなぐ跨道橋をテーマに、人々の記憶に残る橋のイメージを可視化するプロジェクト。着眼点のユニークさに比して展示表現がやや弱い印象を受けた。コロナ禍という不利な状況によって、十分な数のコメントや資料が得られなかったであろうことが想像できる。1972年の札幌冬季オリンピックに関連して作られた橋が、ひっそりと忘れられていく50年の歴史を見つめるプロジェクトは魅力的である。継続と発展を期待している。

 

 

白川深紅による「皮膚のような掛け軸」を表現する試みは、500m美術館の横長のロケーションにマッチしていた。北海道の石を道内に住む友人に拾ってもらい、石の記憶を頼りに新しい山水のイメージを描くという発想や、それをわかりやすく鑑賞者に伝える漫画による解説も評価できる。直感と構成力は優れているがより深い考察が感じられるとよかった。山水画の歴史や石と大地との関係性、北海道という場所についての意味などについてじっくり向き合ってほしい。今後のアーティストとしての成長が楽しみだ。